2012/06/21

足もと3題

伝統構法というのは土台の代わりに「根がらみ」があってはじめて成り立つ工法だからそれを取ってしまうと柱の根元はきわめて心許ない。縦横に梁(根がらみ)が突き刺さっていた柱はそれらを取り除くと大きな断面欠損が出来てしまう。そこでご覧のように柱部材を補強をすることになる。束石とPCが埋まる程度まで基礎コンを打設することで基礎などの下部は固まるだろうが、柱を固定するための新たな根がらみは必要になるだろう。
外周部など場所によっては申し訳程度の土台もあり苦肉の補修、でも愛らしい。材は新旧共に栗、既存の心許なく見える土台も栗で腐りもせず虫にもやられず90年の風雪に耐えてきた。日本の民家を支えてきたのは栗では無いかと思えるほどである。
この構面は大黒柱の通りで構造強化のため既存柱に新設柱を抱き合わせてある。将来独立柱となるためこれも栗材を用いている。
見上げると既存の柱とはボルトで縫い合わせ、ボルト頭は角形の栓で埋め木してありアクセントになっている。それにしても、あまりに手間がかかる。私は少しはらはらしながら眺めている。


天井裏から古新聞が出てきた。日付を見ると大正12年と15年。登記簿による年代もそのころだからそうなのだろう。この建物は築後約90年といったところか。

2012/06/11

土地改良工事その後


神取集落の土地改良工事はほぼその全容を現わして来た。まだ未完成だがすでに田植えが行われている。先に見える集落の中に銀杏工房はある。その向こうに甲斐駒ヶ岳、鳳凰山などの南アルプスがあるが今日は雲の中。
この戦国武将屋代勝永の館跡(2月撮影)はもう無い。神取米は量が少ないため市場に出回っていないが、一説によると武川米より旨いという(手前味噌?)。日照と水はけの良さが幸いしているのだというが。
ところで懸案だった柿の木だが幹からやや遅れて芽を吹き出した。これが生長してくれればこの木は切らずに済むだろう。

となりの田植えも終った。母屋のブルーシートが見える。工房棟が当面の住まいだ。

工房での仮住まい、「住めば都」と言ったところか。

2012/06/04

明野の麦秋

明野には結構麦畑がある。田植えのこの季節は麦の実りの秋でもある。私はこの風景が好きだ。麦畑の向こうの丘陵が七里岩ライン、その先に南アルプスの山並みが見えるはずだがこの日は雲がたれ込んで見えない。麦畑と七里岩ラインの間に塩川が流れている。銀杏工房はその塩川の流れに沿った集落にある。
我が銀杏工房B棟の指揮をとるのは武川の大工、棟梁のこの赤シャツ氏。この前「全部ばらして作り直した方が早いんじゃないか」と言った彼は重機がここまで入らないためそれを断念、少しづつ人力でやっていくしかないと腹を括った様だ。私は胸をなで下ろした。
弟子2人はただいま修行中。面倒くさいことを面白がってやるのがいい。建物のゆがみを修整しつつある。
さあ、これからが古屋再生の本番だ。時間軸で評価すればビッグプロジェクトである。完成には私の働きがかかっている。つまりいつまでかかるかわからない。

2012/05/28

匕首

B棟のバラシが進んだ。天井をはがすと煤だらけのこんな空間が現われた。武川の大工すずきは「博打部屋だよ」と言う。いわば隠し部屋。「昔、農村には娯楽がなかったからね、田畑はもちろん米の入った蔵まで賭けたらしいよ」と。
そして長押のなかからこんなものが出てきた。その形、発見された場所からして護身用の匕首だろうか。工作用のナイフとは思えない。生々しいこの家の歴史を感じる。
ところで、バラシはここまで進んだ。
将来の庭から見るとこんな具合。
いよいよ「スケルトン」となってしまった。さ~てここでこの家の将来について決断をせねばならない。すずきは云う「一旦、解体して組み立て直した方が早いんじゃないか」と。実はこの家の構造が想像以下だったのである。私も同感なのだが、もしかするとその判断は泥沼への第1歩かもしれないと思うのである。あるいはもうすでに腰の辺りまで泥に浸かっていて今更オタオタしてもしょうがないのかもしれないが、、、

2012/05/21

いよいよB棟

新緑の季節も終盤。うらの生垣前に可憐なマーガレットらしき花が群生していた。この日、今年初めて雑草刈りに刈り払い機が出動したがここだけは見逃してあげよう。
C棟屋根の防水紙を貼り終えてほっとしたのも束の間、B棟の工事が始まった。左C棟(ガレージ棟)、右B棟(母屋)。築90年、アルミサッシなど長い年月の間に付加された要素を取り除くたび本来の魅力が蘇っていく。このままでいいじゃないかと言う声をよそに、和瓦を下ろしシャープなガルバの瓦棒葺き屋根に葺き換える。大正モダンが平成モダンに生まれ変わる筈、、である、、、
この縁側は軒下空間となり、彫りの深いファサードとなる、はず、、
大黒柱をはじめすべての柱は自然石の上に乗っているだけ。わずかな壁にも筋交いなどは入っていない、胴差でもっている。つまり伝統工法である。これで昨年3月の地震を含め90年間堪えてきた。ぎしぎしと揺れ摩擦で地震エネルギーを吸収するのであろう。
床梁を支える自然石、しっかりしているようだが、そうでもないようで。
B、C棟の奥で「私も忘れないで」とD棟(土蔵)が云っているような。どうやら当分は退屈しそうにない。

2012/05/15

進行中、少しずつ

C棟全景、結構大きい。野地板の施工完了。この後、防水紙を貼り終えたので多少の雨が降っても大丈夫。手前の裸地は将来庭になる。屋根越し右端の木が大銀杏。
中は白木の架構と垂木のリズム。どことなく「和」の感じ。
ここで屋根の防水紙を必要な長さに切断している。今の季節陽が射すと外は真夏の様にじりじりとするが、ここは風が通り快適。適度に汗をかいてはお茶を飲む、これがいい。
前の週、山梨の先輩ごうさんが手伝いに来てくれた。写真がないがYoshidaさんやアベちゃんも心配して覗きに来てくれる。まことに心強い。
夕暮れ頃ベンチ脇のランタンに火を灯す。ランタンの1面を透明ガラスから型ガラスにした。これで発光面が拡がり遠くからも認識できるようになった。
若葉背景にシーサーは相変わらず笑ってる。

2012/05/06

新緑の頃

この連休は天気の乱高下が激しい。その合間の5月4日、真夏の陽射し。雨の前日とは打って変わって強い陽射し、屋内との強い光のコントラスト。
雨の合間のこの日、屋根工事は進む。友人たちが心配して助けに来てくれる。お陰で48本の2`×6`の垂木を設置することが出来た。アプローチのシーサーが笑ってる。
6日午前、晴れとの予報にも拘わらず朝から雷鳴がとどろいた。前日に友人たちの助けで野地板を屋根に持ち上げ、半数ほどはビス留めし、この日はルーフィングを張る予定でいた。ところが所謂荒天、仕事が出来ない。それでも夕刻は雨後の晴天、そうなるとさすがに5月。新緑が眩しい。まだベニヤの先端が切り揃えられていないし、壁もないがおおよその感じがつかめる。
このC棟ガレージ実は最もいい場所にある。車を置いておくにはもったいない。この季節新緑に囲まれて、お茶するのが気持ち良さそうである。
近くにはベンチもあるし、、