2012/09/18

どうにか形になってきた

大工工事も大詰め、佇まいが見えてきた。これから屋根工事。色は黒、薪ストーブの煙突が付く。妻の土壁と南外壁の下がり小壁を白漆喰で仕上げる。他は杉板張り。建物の左側2間が屋根付のテラス、アウトドアリビングとなる。
そのテラスの床を支える束石。ちょっと大げさに思えたがベテラン大工辻の説明を聞いて納得。
この石にアンカーを打ち、束に常に圧縮力を加える。普通150角の既成コンクリートPCの上に束をのせるだけなので荷重が掛からないと時として浮いてしまう。その結果床鳴りなどの原因などになる。これは優れた方法だが重量のある石を必要とするので一般的ではないだろう。
これは小屋組を上から見たところ、これが空間を特徴づけることになる。数十年天井裏で眠っていたものが光を浴びる。
合間に垣根に目隠しを造った。生垣用の植物を植えたが生長に時間がかかる。それまでもてばいい。竹に隙間を設け植物が両側に伸びる様にしている。
 
竹を割く道具。上が6つ割り、下が4つ割り。鋳物製で重量がある。これを竹の切り口に当て竹と共にコンクリートの床にぶつけると6つあるいは4つに裂ける。
何しろ突き当たりは竹藪で材料の竹はふんだんにある。

2012/09/10

生け垣の手入れ

工房棟裏手のマサキの生け垣の手入れをした。ほぼ人の背丈ほどあり、前所有者の時代からある。左側の低木はユキヤナギ。3年前私が植えた。今年は成長を促すため刈り込みは行わないことにした。両者の接点に当工房シンボル樹の銀杏がある。
このところ朝晩は涼しく快適だが、一旦陽が上るとじりじりと暑くなってくる。外仕事は早朝が勝負なのだ。朝8時頃にはこの陽射しでもう汗だくだ。しかし刈り込んだあとはまことにさわやか。
今日も残暑が厳しい。手前は隣地の畑、豆が植えてあった。生け垣の手前にはひまわりがあるが暑さというより水不足?でうなだレている。右側の白い屋根が屋根工事の終盤を迎えた母屋。
母屋は黒色のガルバリウム鋼板瓦棒葺きでこれが終わるとスズキ大工の仕事が終わる。その先の外壁、内装工事は私の仕事となるのだが完成の目処は立っていない。手前はまだ手つかずのG棟。生け垣上、妻の横に1本の木があるがこれは自生したもので若干の手入れをした。アクセントのつもりである。

2012/09/07

大工紹介

親方・ 棟梁のスズキ、武川の大工、2代目。見本寺(けんぽんじ)修復を終えてほっとした?ところ
彼含め4名が私の大工
 建太、次代を担う3代目、大学で建築を学び現在建築士の資格取得を目指している。
安崎、パワフル且つ繊細、芸術大学出身の大工、木工にも長けている
辻、ベテランの味、私と同世代。教官的存在、若者の指導に当たる
見事に修復された見本寺、彼らの仕事
樹齢200年のこの木が突風で倒れ寺の屋根を壊した。
新材と古材のコントラスト、美しい。 梁端部、欄間の彫刻、龍、獅子そして象は無事だった。
梁端部、象の彫刻。
200年前江戸時代の建立だが象なんて日本にいなかっただろうに??
 

このところ塗装工房

母屋の新たなモヤ・タルキが組み上がった。道路からはこんな具合に見える。 
先端の傷んだ 旧いタルキやモヤを短く切り揃え、その上に新しい部材をのせている。
さらに杉の野地板を貼る。軒の出は1尺増やして4尺。旧タルキは尺5寸で切り揃え破風板と杉板で覆う。2段構成の軒である。大きな出の軒が軽快に仕上りそうだ。
現わしとなる100本すべてのタルキと大量の杉板、破風板などの塗装がわたしの仕事である。塗料は顔料の調合から行う。硝煙5に対して紅殻3を煮亜麻仁油100に解きそれをペイント薄め液200でのばして使う。塗装はまずローラーで一気に塗り杉に塗料を含ませた後ハケでのばし、さらにウェスで拭き取って出来あがる。大工4人にペンキ屋は私一人。彼らの作業に合わせるためきわめて忙しい。この塗装作業にはC棟(ガレージ)が大いに役に立った。
どうにか防水紙を貼るところまで漕ぎつけた。シャープな軒先が出来そうだ。また屋根中央の白い覆いにはこれが付く。
薪ストーブの煙突だ。ガルバの瓦棒葺きの屋根と同じ黒色のこの煙突がアクセント。
 屋根材の後には建具塗装が待っている。すべての木製の外部建具がこの色となる。いわばアクセントカラーである。紅殻5に丹子1、煮亜麻仁油100に薄め液も同量の100。プロファイルウィンドウ発注の際に決めたスカンジナビアレッドに合わせたものである。これに黒の建具金物が付く。このところ我が銀杏工房は「塗装工房」と化している。